以下、2月24日の判決文です。

平成27年2月24日宣告 裁判所書記官 髙尾 真司

平成25年刑(わ)第3037号

判    決

本 籍 ○ ○ ○ ○

住 居 ○ ○ ○ ○

○ ○ ○ ○(Aさんの職業)

○ ○ ○ ○(Aさんの氏名)

○○○○年○○月○○日生

上記の者に対する威力業務妨害被告事件について、当裁判所は、検察官加藤直人、私選弁護人川村理(主任)、同吉田哲也、同上杉崇子各出席の上審理し、次のとおり判決する。

主    文

被告人を懲役10月に処する。

未決勾留日数中30日をその刑に算入する。

この裁判が確定した日から3年間その刑の執行を猶予する。

押収してあるスニーカー1足(平成26年押第58号の1)を没収する。

訴訟費用は被告人の負担とする。

理    由

(罪となるべき事実)

被告人は、第185号国会(臨時会)に内閣が提出した特定秘密の保護に関する法律案の内容及び同国会における同法律案の審議手続に抗議の意思を表明しようと企て、そのためには平成25年12月6日に開かれた同国会参議院本会議の議事を妨害してもかまわないと考え、同日午後10時51分頃、東京都千代田区永田町1丁目7番1号国会議事堂参議院本会議場において、本会議開会中の2階議員席に向け、3階東側の公衆傍聴席からスニーカー1足(平成26年押第58号の1)を片方ずつ投げ入れ、同会議に出席中の参議院議員数名をして同行為に対する対応を余儀なくさせるなどし、もって威力を用いて参議院の業務である議事を妨害した。

(証拠の標目)

括弧内の甲乙の番号は証拠等関係カードにおける検察官請求証拠の番号を示す。

被告人の当公判廷における供述

被告人の検察官調書2通(乙5、 6)

証人石井光幸、同今井聡、同岩田敬治、同橋本雅史の当公判廷における各供述検証調書(甲13)

捜査報告書3通(甲10、14、26)

捜査関係事項照会書回答書(甲9)

領置調書(甲24)

押収してあるスニーカー1足(甲25。平成26年押第58号の1)、DVD―R1枚(甲27。同号の2)

(争点に対する判断)

1 弁護人は、被告人が、判示のとおり、本会議開催中の参議院本会議場2階の議員席に向けて靴1足を片方ずつ投げ入れたことは認めるものの、①被告人が議事妨害を企図した事実は存在しない上、上記靴投げ行為が人の自由意思を制圧するに足りる勢力などと評価し得ないことは明らかであるから、威力を用いた事実はなく、同行為が議場を混乱させ議事を妨害した事実もないので、威力業務妨害罪は成立しない、②上記靴投げ行為は、象徴的表現として憲法21条1項の表現の自由の保護を受け、正当行為として適法である、③上記靴投げ行為は、正当な抵抗権の行使であり、正当行為として適法である、として、被告人は無罪である旨主張し、併せて、④本件公訴提起は控訴権の濫用に当たるので公訴棄却の判決をすべきである旨主張している。

2 威力業務妨害罪の該当性に関する主張(主張①)について

(1)関係各証拠によれば、下記アからウの事実が認められる。

ア 平成25年12月6日午後9時1分頃、参議院本会議場(以下「議場」という。)において、第185回国会(臨時会)参議院本会議が再開され、同日午後10時35分頃から特定秘密の保護に関する法律(以下「特定秘密保護法」という。)案に関する討論が行われたところ、同討論開始前に退席していた民主党議員らが仁比議員の反対討論中に復席し、同党の小宮山議員運営委員会理事から記名投票の要求があったことから、その対応のため同委員会理事間のいわゆる場内協議が始まった。場内協議は上記討論後も続けられ、その間、与党側議員から民主党議員に野次が飛ぶなどして議場内は騒然とした状況であったが、議長から休憩や散会が宣告されることはなく、議事は進行中であった。

イ 仁比議員による上記反対討論が終わり、議長が討論の終局を告げた同日午後10時51分頃、参議院本館3階東側の公衆傍聴席(前から2列目の中央付近)にいた被告人は、座席の上に立ち上がり、強行採決するなという内容のことを大声で叫びながら、右足に履いていた靴を右手に持つと、野球の投手がオーバースローをするような投げ方で、参議院本館2階の議員席に向かって投げ入れた。この靴は、議場中央の前から4列目の空席の議員席に落ちて演壇方向に跳ね、演壇と議員席の間の床の上に落下し、議場内で勤務していた衛視がこれを回収した。

上記公衆傍聴席で傍聴人の監視に当たっていた衛視石井光幸(以下「石井」という。)は、被告人の上記行為が参議院傍聴違反に当たると判断して被告人を傍聴席から排除することとし、被告人を座席の下に降ろして傍聴席内の階段に入れると、被告人を下から押すようにして、同傍聴席上方にある出口に向けて階段を登らせた。そうしたところ、被告人は、階段を数段登ったとことで左足に履いていた靴を脱いで左手で持ち、これを見た石井に左手を押えられると、右手に持ち替えて、議員席に背中を向けた姿勢で、裏投げのような形で右肩越しに上記靴を議員席に向かって投げ入れた(以下、この行為を「2回目の靴投げ」といい、上記2回の靴投げ行為を併せて「本件行為」という。)。この靴は、議員席南東側の最後列に座っていた金子原二郎議員(以下「金子議員」という。)の頭部に当たって跳ね上がり、同議員の二つ隣の議員席の足下に落下した。

ウ 2回目の靴投げに係る靴の落下を受けて、金子議員は頭に手をやり、上から物が落ちてきたという仕草を繰り返し、同議員の右隣の複数の議員が立ち上がるなどして、議場内の衛視に手招きをし、靴の回収を求める仕草をした。周辺の議員も、靴の落下を前方の事務局職員などに知らせるために挙手するなどしたほか、議員数名が、自席から立ち上がって、傍聴席を見上げたり、落下した靴に近づいて靴をのぞいたりした。

エ 上記アからウまでの事実については、石井、今井聡、岩田敬治(以下「岩田」という。)及び橋本雅史が、公判廷において認定事実に沿う内容の証言をしているところ、それぞれの証言は客観的な証拠(甲10、13、27等)に符合し、大筋で合致し信用性を高めあっている上、それぞれ覚えていないことや分らないことはその旨述べ真摯に供述しており、各証言の信用性に疑いはない(なお、弁護人は、金子議員の頭に靴が当たった旨の岩田の証言の信用性には疑問があるとも主張しているが、その点が大きく報道された様子がうかがわれないことや金子議員自身の供述が公判に提出されていないことを踏まえても、岩田証言ほかの証拠によれば、2回目の靴投げに係る靴が金子議員の頭部に当たった事実が優に認められる。)。

(2)以上の認定事実を前提として、本件行為が刑法234条所定の威力業務妨害罪に該当するかを検討する。

同条にいう「威力」とは人の意思を制圧するに足りる勢力をいい、また、威力業務妨害罪の成立には、威力の行使によって現実に業務妨害の結果が発生たことは必要でなく、その結果を発生させるおそれのある行為をすれば足りると解される。本件行為は、その態様や各靴を投げた際の被告人の立ち位置、各靴が投げられた方向及び現に到達した地点等に照らし、多数の議員が参集して会議が行われている最中の議員席に突然靴が落下するという事態を招き、周辺の議員らに各々の活動を中断させ、靴の投げ込みという異常な事態への対応を迫るおそれが高いものといえ、また、議員に直接靴が当たり、その活動を阻害する可能性も相当程度見込まれるものである。そうすると、被告人が投げた靴が比較的軽く、柔らかいものであることを考慮しても、本件行為が、参議院の議事に携わっている参議院議員らの意思を制圧するに足りる勢力、すなわち、「威力」を用いたものといえ、かつ、参議院の業務である議事を妨害するおそれのある行為であることは明らかである。

しかも、本件では、上記認定のとおり、2回目の靴投げに係る靴が金子議員の頭部に当たり、近くの議員席の足下に落下するなどしたことから、少なくとも数名の参議院議員らは、衛視らにその旨を訴え、立ち上がって手招きして回収を求めたり、傍聴席を見上げたりするなどの対応を現に余儀なくされている。参議院の議事とは、国会を構成する参議院において、各参議院議員が議題について審議・討論・採決等の活動を行い、最終的には参議院としての意思決定を行うことを内容とする業務であると解されるところ(国会法及び参議院規則における「議事」に関する規定もこのような理解を前提にしていると考えられる。)、上記数名の参議院議員らは、本件行為によって、議題とは無関係の同行為に対する対応をせざるを得なくなったのであって、その意味で、「議事」を構成する議員本来の活動が阻害されたといえるから、参議院の業務である議事妨害の結果も現に発生したということができる(なお、検察官は、本件行為によって本会議場が一時混乱状態に陥ったと主張しているが、上記のとおり、本件行為に対応した議員は本会議に出席中の議員の一部にとどまる上、本件行為が直接の原因となって、当時進行中であった議員運営理事間の上記場内協議が中断した事実も認められない。本件行為以前から議場が騒然とした状況にあったことに鑑みても、検察官の上記主張をそのまま採用することはできない。)。

また、被告人の主観についてみると、関係証拠によれば、被告人は、特定秘密保護法案の内容及び国会における同法案の審議手続きに抗議の意思を表明するために本件行為に及んだものと認められ、検察官が論告で主張するように、同法案の採決を阻止する目的で本件行為に及んだとまで認定することは困難であるが、先に認定した本件行為の様態や上記動機等に照らせば、被告人としても、少なくとも、本件行為によって参議院の議事が妨害されるおそれがあることは当然に認識し、認容していたものと容易に推認されるから、その限度で威力業務妨害罪に該当する。

(3)以上のとおりであるから、本件行為は刑法234条所定の威力業務妨害罪に該当する。

3 憲法で保障される表現行為であることを理由とする正当行為の主張(主張②)について

(1)弁護人は、靴を投げ入れるという被告人の行為が、特定秘密保護法案及び同法案の審議手続に対する抗議の意思を伝達するという明確な意図を持っていたことは明らかで、実際にその行為を見たり知ったりした者は、同法案の違憲性や審議の違法性等への抗議の表れと理解する蓋然性は高いから、被告人の靴投げ行為は象徴的表現として憲法に保障される表現行為であるし、被告人の同行為について威力業務妨害罪を適用することによって失われる利益が、得られる利益より圧倒的に上回ることは明らかであるから、被告人の同行為は正当行為として適法で、被告人は無罪であると主張する。

(2)確かに、前記のとおり、被告人は特定秘密保護法案の内容及び国会における同法案の審議手続きに対する抗議の意思という政治的な意見を表明するために本件行為の及んだものと認められる上、特定秘密保護法案が正に採決されようとする際に、強行採決するなという内容のことを大声で叫びながら議員席に向けて公衆傍聴席から靴を投げる、という本件行為の客観的な様態からみても、これを上記のような抗議の意思の表明とみることは一般に可能と考えられる。したがって、本件行為については、それを象徴的表現というかどうかはさておき、上記抗議の意思を表明するための表現行為ということができ、本件行為を処罰することが表現の自由の制約に当たることは否定できない。

そして、表現の自由は、民主主義社会において特に重要な権利として尊重されなければならないが、憲法21条1項も、表現の自由を絶対無制限に保障したものではなく、公共の福祉のため必要かつ合理的な制限を是認するものであって、たとえ意思を外部に発表するための手段であっても、その手段が他人の権利等の他の法益を不当に害するようなものは許されないというべきである(最高裁判所昭和59年12月18日第三小法廷判決・刑集38巻12号3026頁参照)。

そこで、本件についてみるに、国会は国政を議論する国権の最高機関であって、その一院である参議院の議事の適正かつ円滑な運営が、十全に保護されるべき重要な公益であることはいうまでもない。そして、本件行為は、参議院本会議の最中に、傍聴席の座席上に立ち上がった上、大声で叫びながら議員席に片方の靴を投げ入れ、さらに、衛視の制止を振り切って、もう片方の靴を投げ入れたというものであるところ、既に場内が野次等によって騒然とした状況にあったことを踏まえても、有形力の行使を伴うこのような行為態様が、言論の府である国会の議場にそぐわない不相当なものであることは明らかであって、被告人ら傍聴人は、議院の構成員である国会議員らと異なり、国会においては、一定の範囲で会議等の傍聴のみを許されているにすぎないこと(参議院傍聴規則参照)や上記のとおり現に数名の議員が本件行為への対応を余儀なくされたことに鑑みても、被告人の本件行為が社会通念上許されないことは明らかである。また、このような行為を国会の議場で行うことを禁止したとしても、被告人としては、国会外での発言やビラの配布等によって上記抗議の意思を表明することが可能であって、表現の自由の制約の程度がそれほど大きいともいえない。そうすると、被告人が本件行為によって表明しようとした内容が上記のとおり政治的な意見であることを考慮しても、本件行為の禁止は、表現の自由に対する必要かつ合理的な制限として憲法上是認されるものであり、本件行為をもって威力業務妨害罪に問うことは、憲法21条1項に何ら反するものではない。

4 抵抗権の行使であることを理由とする正当行為の主張(主張③)について

(1)弁護人は、特定秘密保護法は日本国憲法の基本原理に反する重大な違憲性を有する法律であって、同法が成立し施行されることは憲法の存立自体を否定するものであるし、日本各地で同法が違憲・違法であるとの強い反対の声が上がり、集会やデモが巻き起こっていることなどからすれば、その不法は誰の目からみても一義的に明白であり、さらに、本件当時の参議院本会議は、会議の体をなしていない状況であり、意見・違法な手続きであることが明白であるから、被告人の本件靴投げ行為は、自然法にしたがった正当な抵抗権の行使であり、正当行為として適法で、被告人は無罪であると主張する。

(2)しかしながら、仮に抵抗権の行使が実定法上の罪の違法性を阻却するとの見解に従うとしても、関係証拠によれば、本件当時、民主主義の基本秩序に対する重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとしており、しかも、その不法が誰の目から見ても一義的に明白であって、かつ、憲法、法律によって定められた一切の法的手段がもはや有効に目的を達する見込みがないなど、抵抗権の行使が認められるような極限的な状況になかったことは明らかであるから、弁護人の上記主張は前提を欠き、採用できない。

5 公訴濫用権による公訴棄却の主張(主張④)について

(1)弁護人は、本件起訴は憲法価値を否定した著しく正義に反する起訴であることは明白であり、公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に匹敵するし、そうでないとしても、本件起訴は憲法規範及び憲法価値に真っ向から反するものであって訴追裁量の逸脱は明白であるとして、本件起訴は訴追裁量権を著しく逸脱し刑事訴訟法248条に照らし無効で、公訴棄却の判決をすべきであると主張する。

(2)検察官の裁量権の逸脱が、公訴の提起を無効ならしめる場合がありうることを否定することはできないが、それはたとえば公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られるというべきであり(最高裁判所昭和55年12月17日第一小法廷決定・刑集34巻7号672頁参照)、弁護人の指摘を踏まえても、上記見解を改めるべき理由は見いだせない。そして、本件における全証拠を総合しても、本件公訴の提起がこのような極限的場合に当たるとは到底いえないから、弁護人の上記主張は採用できない(なお、弁護人は、特定秘密保護法の憲法適合性及びその審議手続の問題性等について詳細に主張しているが、本件において、当裁判所が、上記の限度を超えて判断を示すべき理由は見当たらない。)。

(法令の適用)

罰   条 刑法234条、233条

刑種の選択 懲役刑を選択

未決勾留日数の参入 刑法21条

刑の執行猶予 刑法25条1項

没   収 刑法19条1項2号、2項本文(判示犯行の用に供した物)

訴訟費用の負担 刑事訴訟法181条1項本文

(求刑―懲役1年、主文同旨の没収)

平成27年3月5日

東京地方裁判所刑事第13部

 

裁判長裁判官 安東 章

 

裁判官 中島 経太

 

裁判官 横田 友宏

 

これは謄本である。

同 日 同 庁

裁判所書記官 髙尾 真司

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