【力作】弁護団の最終弁論です【熟読を】

弁論要旨

被 告 人  ●●●

2014年12月10日

弁 護 人   川   村    理

同       上  杉  崇  子

同       吉  田  哲  也

東京地方裁判所刑事13部 御中

上記被告人(威力業務妨害被告事件)の事件に対する弁護人の弁論要旨は、以下のとおりである。

 

第1 はじめに

 

1 検察官の論告について

検察官は、論告要旨において、「本件犯行は民主主義を実現するために特に重要な国会審議を妨害するものであり、特に重要な法益を侵害するものであって、悪質である」などと主張し、被告人に対し、懲役1年等の求刑を行った。

しかしながら、上記の検察官の論旨は、本件で本質的に問われるべき核心的争点から故意に目を背け、ひたすら被告人の行為のみに問題を切り縮めてこれを歪曲するものであって、極めて失当である。

なぜなら、本件で最も核心的な争点は、本件で保護の客体となるという業務の内容、すなわち秘密保護法の成立過程と内容の違憲性の問題だからである。

すなわち、本件で真に裁かれるべきは、被告人の行為ではなく、希代の悪法ともいうべき秘密保護法そのものであり、にもかかわらず、秘密保護法の問題点について一言も言及しようとしない検察官の論告は、本件の核心的問題を意図的にずらすものである。

秘密保護法そのものの問題性は、後に第3にて詳論するとおりであるが、同法に対する反対の声は、今日、ますますその高まりを見せている。

本日は、奇しくも同法の施行日に当たるが、こうした違憲の法律の実施を阻止するため、12月6日には、日比谷野外音楽堂を始め全国で、秘密保護法に反対する集会が行われ、多くの市民、団体がこれに結集するなど、秘密保護法ストップの行動が取り組まれた。また、東京地裁では、多くのジャーナリストが、本人訴訟として秘密保護法の違憲を主張する訴訟を提起し、現に審理が係属中である。そして、既に公示された衆議院議員選挙においても、秘密保護法案や集団的自衛権の閣議決定を強行した安倍政権の姿勢は、厳しく問われるに違いない。

秘密保護法の問題は、現在もなおホットなテーマとして存在しているのである。

2 当裁判所の訴訟指揮等について

秘密保護法がこうした重要かつ今日的課題である以上、それを直接審理の対象となすべき本件公判が、多くの市民の関心の対象となることは当然であり、だからこそ、被告人・弁護人は、本件の使用法廷について1階の大きな部屋を使用することを求めてきたのである(現に、上記ジャーナリストの本人訴訟裁判では1階の大きな部屋が使用されている)。

こうした被告人・弁護人の要求は今日に至るも実現せず、逆に裁判長が、本件裁判の傍聴人希望者に対し、過剰とも言うべき警備を行ったこと(弁護人の2014年8月29日付け異議申立書参照)は誠に遺憾であり、こうした過剰警備は早急に改められるべきものと思料する。

以下、本書面第2においては、公訴事実の成否を巡る弁護人の意見を指摘し、第3においては、秘密保護法の問題点全般に指摘を加える。そして、第4においては、こうした点を踏まえた本件公訴の評価に関する弁護人の所見を述べることとする。

第2 公訴事実について

 

1 争点

本件においては、被告人が一足の靴を参議院本会議場に投擲した事実に争いがないが、公訴事実中、被告人が、「議事を妨害しようと企て」たとされる点、「威力を用いた」とされる点、「議場を一時混乱状態に陥れ」「参議院の業務である議事を妨害した」とされる点は争点である。

2 議事妨害を企図したことはない

被告人は、靴を投擲した動機として、秘密保護法は、そのものが違憲であるし、審議の仕方も数の力による強行採決であることは許されないものと考え、これに抗議の意思を表明するために本件投擲行為に及んだこと、その結果として、現実に衆議院の審議を中断に持ち込むという妨害的な動機はなく、あくまでも抗議の意図であったと供述しているところ、被告人のかかる供述に特に反する証拠は存在しないし、後述のとおり、現実にも被告人の行為により参議院の審議は何ら中断していないのであるから、被告人の供述内容は十分に信用できるものである。

すなわち、被告人が「議事を妨害しようと企て」た事実は存在しない。

 

 

 

3 被告人が威力を用いた事実はない

検察官は、靴の投擲が「人の意思を制圧するに足りる勢力」に当たることから、その「威力」該当性を認めるべきだと主張している。

しかしながら、最判昭28・1・30集7巻1号128頁は、「威力」の規定をより具体的に「犯人の威勢、人数及び周囲の情勢よりみて、被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力」としているのであり、だとすれば、本件の靴の投擲行為は「威力」には当たらないと言うべきである。

すなわち、被告人は上記のとおり、単に抗議の意思表明として靴を投擲したのであり、そのことにより、現実に参議院の審議を妨害することまで企図していなかったものである。投擲に用いられた靴は、片方が257グラムという軽量なものであって(甲26)、その形状もソフトなものであり(甲25)、被告人がこれを議場に投擲したからとて、負傷者が出ることはとうてい考えられない。

また、後述するとおり、被告人の靴の投擲行為がなされた事実は、参議院議長すらこれを認識せず、後述のとおり、現実にも審議の中断を結果していないのであり、極めて軽微な影響を与えたに過ぎないものである。

してみれば、本件靴の投擲が、「被害者の自由意思を制圧するに足る犯人側の勢力」などと評価しえないことは明らかであり、結局、被告人が「威力」を用いた事実は存在しない。

 

 

 

4 被告人の行為が議場を混乱させ、議事を妨害した事実はない

(1)検察官の主張

検察官は、被告人の靴の投擲により、その2投目の靴が金子議員の頭に当たり、金子議員及びその周辺にいた議員が衛視に事態を知らせようとして手招きし、衛視にスニーカーの回収を求めたり、席を立って場所を空けたりしたほか、多数の議員が傍聴席を見上げたり、落下方向を注視したり、自席から立ち上がって様子を見に来たりしていることをもって、議場内に一時混乱があったと主張するもののようである。

しかしながら、上記主張は、当日の参議院の審議状況の実態を何ら踏まえない誤った議論である。

(2)議事は被告人の行為以前に混乱していた

当日の参議院本会議の様子に関し、日向証人は、野党側の発言に対する与党側のヤジ・罵声がうるさく、中には足を踏みならしたり、議員名の記された四角い柱を机に打ち付けて騒音を出す与党議員もいたこと、その騒音の程度は、工場や幹線道路の交通量の多いとき並であって、傍聴者からすれば、発言者の声すらも聞こえず、その様相は、一般の会議の荒れた会議の限度を超えたものであって、会議の体をなしていないこと等を具体的に証言しているし、被告人の供述も同様である。(なお、検察官は論告4頁にて、日向証言を根拠に本件の強行採決性を否定しようとしているが、日向証人は、本会議をそもそも会議とは見なせないとまで評価する立場にあり、かかる者の証言の一部から本件採決の強行性を否定するのは、証言の断片のみを強引にとってつけるものであって適切ではない)

また、立場上控えめな証言にとどまっているとはいえ、当日、院内の警備に当たった石井証人、今井証人、橋本証人も本会議が上記のような状態にあったことは否定していない。

すなわち、参議院本会議は、被告人の行為以前に既に騒然とした状態にあり、会議の体をなしていなかったのであって、いわば自ら業務たることを怠っていたのである。

 

(3)金子議員への靴の接触の有無

検察官は、議場混乱の一事由として、2投目の靴が金子議員の頭部に当たったこと等を指摘している。

しかしながら、上記事情を本来証明すべき金子議員の証言や供述は本件公判では確認されていないし、真に靴が金子議員に当たったのであれば、その点は大きく報道されてしかるべきところ、かかる証拠も存在しない。よって、靴が金子議員に当たったという岩田証言にはその信用性に疑問がある。

 

(4)靴の投擲と議事の中断は無関係

この点、甲27のDVDを見れば、参議院議長山崎正昭自身が、被告人の靴の投擲に何の反応も示さず、そのことに気づいてすらいない様子が明らかにされている。

もっとも、甲27のDVDでは、被告人の投擲後しばらく議事が事実上中断しているかのような映像も見られるが、その中断の理由は、法案採決に際して記名投票によるべきか否かの協議が存在していてその経緯を見守っていたがゆえであり(橋本証言)、被告人の靴の投擲とは全く関係がない。

よって、被告人の行為により、参議院本会議の議事が妨害されたという因果関係は存在せず、結局、被告人の行為により、「議場を一事混乱状態に陥れ」「議事を妨害した」とする検察官の主張は誤りである。

5 威力業務妨害罪の成否

以上のとおり、本件においては、被告人による会議妨害の目的もなければ、威力を用いた事実もなく、議場を混乱させて議事を妨害した事実もない以上、威力業務妨害罪は成立しないものと言うべきである。

なお、検察官は、本罪の成立につき、「現実の業務妨害の結果が発生したことを必要としない」すなわち抽象的危険犯であると主張している。

しかしながら、学説上は、本罪を結果犯あるいは侵害犯とする説すら有力に存在し(平野竜一「刑法概説」188頁等)、実務上も、威力業務妨害罪の起訴状における「公訴事実」、判決文のおける「罪となるべき事実」の記載例は、通常、業務妨害の結果事実まであえて記載している例がほとんどであるから、実務の運用実態は、本罪を侵害犯ととらえるに近いとも言いうるのである。

仮に検察官が、本罪を抽象的危険犯だという説に固執するのであれば、そもそも起訴状の「公訴事実」欄に「議事を妨害したものである」などと書かなければよいのである。

6 小括

以上のとおり、本件公訴事実は証明されなかったと言うべきである。

第3 「特定秘密の保護に関する法律」(以下、「特定秘密保護法」という)の問題性

 

1 特定秘密保護法の背景にあるもの

(1)戦後日本の秘密保護法制は、一貫して日米安保体制すなわち日米軍事同盟の緊密化と拡大とに対応して進められてきた。

1978年、「日米防衛協力のための指針」(いわゆる「ガイドライン」)が締結される。これにより日米両軍の軍事的役割分担、日米共同作戦計画の一体化が急速に進むこととなり、同時に軍事情報保全が求められることとなったのである。

(2)1980年代に日本においてその制定が画策されたのが国家秘密法案であった。しかしこの国家秘密法案は、主権者である市民の目と耳を塞ぐ悪法であるとの厳しくまた広汎な指弾に晒され、成立に至ることなく廃案に終わり、あるいは国会への上程さえできずに葬られたのである。

(3)しかしながら日米軍事同盟は強化の一途を辿り、1997年には前記「ガイドライン」が改定されるに至る。この海底によって、日米の軍事共同行動がなされる領域が日本の周辺地帯にまで拡大され、「周辺事態」が起きた場合には自衛隊が「後方地域」で米軍を支援、捜索救助活動などができるようにされた。

更にこのガイドラインは、繰り延べとなったものの2014年末に再改定されようとしていた。安倍政権は2014年7月1日、閣議決定をもって歴代政府の集団的自衛権に関する憲法解釈変更を強行し、さらに日米両政府は2014年10月8日「ガイドライン」改定の中間報告をまとめている。この中間報告においては、従来の「ガイドライン」にあった「周辺事態」条項を削除することで日米共同軍事行動についての地理的な制約を外し、これを世界全域に拡大することが企図されている。しかし、この「ガイドライン」は行政協定に過ぎず、条約ではない。安倍政権は立憲主義を無視して集団的自衛権の閣議決定したことと同じ手法で、法治主義・議会制民主主義を悉く無視して戦争の指針を作ろうとしているのである。

特定秘密保護法の制定の背景には、これら日米軍事同盟の強化が存在する。日米軍事同盟の強化に伴って、アメリカ合州国から日本に対する秘密保持の要請は強化されてきたのである。特定秘密保護法が要請されたのは、日米軍事同盟の強化、集団的自衛権の露払いのためであり、同法は憲法第9条の平和主義に真っ向から反する軍事立法であると言わなければならないのである。

2 特定秘密保護法案の具体的な作成経緯

(1)2007年、「秘密軍事情報の保護のための秘密保持の措置に関 する日本国政府とアメリカ合州国政府との間の協定」(GSOMIA)が締結され、日本にはアメリカと同等の秘密軍事情報の保護措置、秘密軍事情報取扱い資格の実施が求められるに至った。

このGSOMIAは国家を拘束する条約ではなく、単なる行政協定に過ぎない。しかしこのGSOMIAの締結を受け、特定秘密保護法の制定に向けた動きが始まる。具体的には、2010年に設置された「政府における秘密保全に関する検討委員会」の下に「秘密保全のための法制の在り方に関する有識者会議」(以下、単に「有識者会議」と言う)が設けられたことによる。この有識者会議によれば、尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件映像のインターネットへの流出等、これまで発生した「情報流失事件」を受けて、「国益と安全」を守る必要があること、そして「現行法制が不十分」であること、が秘密保護法制新設の必要性として挙げられている(清水証言)。

(2)しかしながら特定秘密保護法については、実はその立法事実が極めて脆弱な代物でしかなかったことが、今や白日の下に晒されている。

ア まず、これまで既に①国家公務員法、地方公務員法、②2001年改正自衛隊法、③日米相互防衛援助協定等に伴う秘密保護法、④日本国と刑事特別法アメリカ合州国との間の相互協力及び安全保障条約第6条に基づく施設及び区域並びに日本国における合州国軍隊の地位に関する協定の実施に伴う刑事特別法等々、多数の秘密保護法制が(その是非は一時措くとして)制定されていたのである。とりわけ前記③及び④においては、特定秘密保護法と同じく情報の漏えい、探知、収拾の各行為をも処罰対象としているのであって、かつ、これらの行為に対する処罰として法定刑の最長期間は、特定秘密保護法と同じ10年と規定されているのである(田島証言)。

そうであるから、「現行法制が不十分である」という特定秘密保 護法の必要性なるもの自体がまやかしであったのである。

イ そして、特定秘密保護法の制定に御執心であった安倍首相自身 が昨年認めているように、公務員の情報漏えい事件は過去15年間で僅か5件であったに過ぎない。しかも、この5件については、5件中3件が起訴猶予あるいは不起訴となっているだけではなく、起訴されて有罪判決が出された事件のうち最も刑が重かったもの(しかもこの事件は、自衛隊の3等海佐が在日ロシア大使館の駐在武官に内部資料のコピーを手渡したとされる2000年の事件であって、2001年自衛隊法「改正」の転機となったものである)でさえ、懲役10カ月の実刑判決でしかなかったのである(清水証言)。

さらに政府によれば、この5件のうち、漏えいされた情報が特定秘密保護法に言う「特定秘密」に該当するのは、自衛隊1等空佐が中国潜水艦の事故情報を新聞記者に漏らした事件1件だけであり、しかもその1等空佐は書類送検されたものの最終的には起訴猶予処分になっていると説明されているのである。

したがって「国益と安全」を標榜して最長10年もの懲役刑を科する特定秘密保護法には、そもそもにおいて法制化を行うべき理由など一切存在していないのである。

ウ また、特定秘密保護法はその第1条で「国際情勢の複雑化に伴い、情報の重要性が増大し」「高度情報通信ネットワーク社会の発展で情報漏えいの危険が懸念される」など、もっともらしい立法事実を規定する。

しかしながら、2014年8月19日の毎日新聞の報道によれば、2011年9月に初めて作られた特定秘密保護法の原案について、内閣法制局が「立法事実が弱い」と指摘していたことが明らかとなっている(清水証言)。

すなわち、内閣法制局は「法の必要性の根拠を示す立法事実が弱い」、「ネットでの漏えいの恐れと重罰化のつながりが弱い」と指摘したうえで、自衛官の情報漏えい事件についても、2001年の自衛隊法改正によって厳罰化されたことを挙げて「その後の漏えい事件が少なく、事件があっても起訴猶予であったため、重罰化の根拠になりにくい」と指摘しているのである。さらに、特定秘密保護法制定の契機ともされる尖閣諸島沖の中国漁船衝突事件の映像についても「特定秘密保護法にいう『特定秘密』に該当するのか分からない」との見解を示している。

エ 以上のとおり、立法事実を欠く特定秘密保護法は無用の代物なのである。否、正確を期すのであれば、民主主義国家にとって百害あって一利なしというべきなのである。

(3)では立法事実を欠きしかも有害無益な法が何故作成されたのか。

注目すべきは、1980年代の国家秘密法案と異なり、特定秘密保護法の制定には警察官僚が主導的な役割を果たしているということである(清水証言、田島証言)。

前記「有識者会議」の事務局を担当したのは、内閣情報調査室である。前述内閣法制局の指摘に対し、秘密保護法による重罰化の「必要性」を執拗に主張したのも内閣情報調査室である。そして内閣情報調査室のトップである内閣情報官(以前は「内閣官房内閣情報調査室長」)はいずれも警察官僚、しかも警備公安部門の出身者であり、また内閣情報調査室の職員の約4分の1は警察庁からの出向者で占められている。

そして1980年代の国家秘密法案と特定秘密保護法とが決定 的に異なる点は、特定秘密保護法が「保護」せんとする「特定秘密」の範囲には、防衛、外交のみならず、「特定有害活動の防止」、「テロリズムの防止」なるものも含まれているということである。これら警察情報、しかも公安警察情報たる「特定有害活動の防止」、及び「テロリズム防止」に関する情報までが保護の対象とされた意図は明確である。特定秘密保護法は、軍事的見地に基づくアメリカ合州国からの要請に応じて日米の軍事一体性の強化を支えるものであると同時に、これを好機として警察官僚によって主導された弾圧立法に他ならないのである。その背景に存在するのは、権力者にとって都合の悪い情報を体よく隠蔽しようとする発想であり、国民主権原理をはじめとする民主主義国家の理念とはおよそ相容れない秘密主義の発想である(田島証言)。

3 特定秘密保護法の違憲性

(1)特定秘密保護法の基本的な枠組みは、①防衛、②外交、③特定有害活動の防止、④テロリズムの防止の4分野に関する情報のなかから、行政機関の長が「特定秘密」を指定するものとしたうえで、「特定秘密」の指定期間を原則30年とし、「特定秘密」の漏えい行為及び取得行為等を重罰による処罰の対象とするとともに、「特定秘密」の取扱業務者に対する「適正評価」を実施するというものである(田島証言)。

(2)同法の規定においては、「特定秘密」とされうる対象情報が広範  に亘っているだけに留まらず、「特定秘密」として指定するための要件が曖昧不明確であり、行政機関の長による恣意的あるいは過度に広汎な指定を可能にすることを企図していることは明白である。

そして「特定秘密」の指定期間は原則30年の長期にわたるものであって、このことだけでも国民の知る権利を奪い国民主権原理を著しく損なうものである。しかも、前記30年の指定期間は、やはり行政機関の長の判断によって無期限に延長することさえ可能とされているのである。

しかしながら独立した第三者機関あるいは立法府、裁判所において「特定秘密」の指定についてその適法性・妥当性をチェックし指定を解除するための方策は一切採られておらず、行政機関の恣意を是正して国民主権原理を擁護する途は何ら担保されてはいないのである。

(3)その一方において、「特定秘密」の漏えい行為、及び取得行為に  対しては最高刑10年の懲役刑をもって臨むこととされ、さらにこの取得行為の態様については「管理を害する行為によって」との文言を規定することにより、ジャーナリストや研究者も含めた多様な人々による情報へのアプローチを規制・処罰の対象とすることを企図している。

さらに、漏えい及び取得行為に対する共謀・教唆・扇動行為が独立共犯として処罰され、過失による漏えい行為までもが処罰対象とされている。秘密の範囲が曖昧で「特定秘密」の内容も明確でないのであるから、処罰範囲が不明確であり、憲法の第21条1項、及び第31条から導かれる明確性の原則に反する。明らかに恣意的な弾圧を企図するものである。また、共謀、独立教唆、扇動までをも処罰することは、処罰の対象を限りなく拡大してその限界を曖昧にすることとなるから、罪刑法定主義に反するものである。

これら規定の目的は、いわゆる「内部告発」を制度的に封殺することに加えて、報道機関・ジャーナリストの取材・報道の自由を含め、市民の知る権利の行使に対し委縮効果を及ぼさんとするところにある。情報公開法の第1条が規定するように、政府が保有する情報の公開は国民主権の不可欠の前提であり、市民の的確な理解と批判の下でなければ公正で民主的な行政など到底実現しえない。特定秘密保護法は不公正かつ非民主的な行政運営に途を開くものであって、国民主権原理を真っ向から否定する性格のものであると言わねばならない。

(4)また立法府による行政府の民主的統制の実現は、現代国家における権力分立原則の重大な内容をなす。そうであるにもかかわらず特定秘密保護法においては、「特定秘密」を立法府に対して開示するか否かについてさえ、行政機関の長に最終的な拒否権が留保されているのである(田島証言)。「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」があると行政機関の長が判断した場合には、その「特定秘密」は国会に対しさえ提供されないこととなる。行政機関の長がなしたその判断の適法性・妥当性を第三者がチェックする方策が採られていないことは前述した。こうして立法府による行政府の監督はこれまで以上に骨抜きにされ、肥大した行政権に対する監督は殆ど不可能なものとなる。

さらに、司法権との関係においては、特定秘密保護法違反で公訴提起された場合において、何が「特定秘密」であるのかが裁判の場で明らかにされる保証は全くない。裁判官にも被告人にもどの「特定秘密」にかかわる事件であるのかがわからないまま有罪判決が下されるという事態も空想次元ではない。これは公平な裁判を受ける権利をはじめとして、被告人の防御権を剥奪するに等しい。

加えて、「特定秘密」の取扱業務者に対する「適正評価制度」に  ともなう調査として広汎なプライバシー侵害がまかり通ることとなる。

(5)以上のとおりであるから、特定秘密保護法は、憲法の基本原則である平和主義、国民主権原理、知る権利をはじめとする憲法上の人権保障、権力分立原則等を悉く否定するものである(清水証言)。

そしてかかる特定秘密保護法の問題性と違憲性については、同法が国会において審議される前から既に国内外の各方面から指摘されていたところであり(弁第2号証)、また本年7月に国連自由権規約委員会が採択した日本国に対する総括所見においても懸念が表明されているところなのである。

4 特定秘密保護法制定の審議の問題性

(1)そうであるからこそ、昨年秋の国会審議に対しては、当然のことながら特定秘密保護法案に反対する広汎な声が巻き起こったのであり、世論調査によれば特定秘密保護法の制定については7割から8割の市民が反対の意を示していたのである(清水証言)。

しかしながら、特定秘密保護法案についての国会審議は拙速を極め、かかる民意を反映したものであるとは到底評価できない杜撰なものでしかなかったこと、むしろ与党の国会運営は、兎にも角にも法案成立ありきであって(法案の内容さえ知らずに賛成票を投じていた与党議員さえ存在する)、あえて民意に耳を塞いでなされたこともまた、遍く知られているところである。

(2)過去の消費税導入あるいは郵政民営化に際しての国会審議と比較すれば明確であるが、まず特定秘密保護法の審議に費やされた期間・時間は極端に短い。特定秘密保護法は昨年秋の臨時国会に上程されてから僅か53日の審議で成立している。さらに実質的な審議時間に至っては、衆議院においては僅か46時間、参議院においては実にその半分の22時間しか審議がなされていない(清水証言)。

また、国会法第51条1項に基づき、福島で開催された衆議院国家安全保障特別委員会の公聴会においては、福島第一原子力発電所事故の経験をもとに、与党が推薦した公述人も含めて公述人全員が反対あるいは慎重審議を求める意見を述べていた。そうであるにもかかわらず、その翌日には衆議院の前記特別委員会そして本会議において立て続けに採決が強行され、公聴会で示された民意は考慮さえされなかった。

参議院の公聴会に至っては、急きょ開催が決定されたため公述人推薦の暇さえ確保できなかった野党も存在するのであり、単に法案採決に向けて体裁を整えただけの代物に過ぎない。その翌日の参議院国家安全保障特別委員会における採決は、「議場騒然、発言する者多く聴取不能」と議事録に記載されているとおり、到底真摯な議論・討論を経たものであると評価し得るものではない。

(3)そして、特定秘密保護法を可決成立させた2013年12月6日の参議院本会議場は、与党議員による議事妨害とも評すべき野次怒号の連続によって喧噪を極め(被告人質問)、傍聴人をして「学級崩壊」と言わしめる程の惨状にあった(日向証言)。それに留まらず、参議院議長においては前記野次怒号を制止しようとせず、与党理事においては議事運営について参議院先例集218に記載された先例を殊更に無視し(橋本証言)、いずれも議院の自律性を維持しようとさえしなかったのである。

(4)立憲主義、国民主権原理の下での立法行為とは、市民に十分な情報を与えたうえで、国会が十分な審議を行ってなされなければならないことは自明である。しかし昨年の特定秘密保護法の国会審議についてこれを見るに、その直近の衆議院及び参議院いずれの選挙において大きな争点となっていたのは経済政策であって、特定秘密保護法制定の可否は争点とはなっていなかった。特定秘密保護法の全貌は昨年9月3日になってようやく市民に明らかにされた。そして世論調査によって同法に対する反対の声が極めて強いことも明確になっていた(清水証言)。

さらに、本年11月26日、最高裁判所は参議院通常選挙の議員定数不均衡問題について「違憲状態」との判断を下している。最高裁判所は昨年にも、僅か4割の得票で実に7割から8割もの議席を獲得できる衆議院小選挙区制の議員定数不均衡問題について、やはり同様の「違憲状態」との判断を下している。いずれの最高裁判所の判断も、特定秘密保護法を可決成立せしめた衆参両院の議員選出にかかる選挙について下されているものであり、国会において民意の反映が大きく歪められていることを厳しく指弾しているものである。

(5)検察官は、被告人及び弁護人が「強行採決」との表現を用いたことについて「与野党の合意形成が出来ていない段階での与党による採決動議による審議打ち切り及び採決を指すものと思われる」と主張することをはじめ、被告人及び弁護人の主張に縷々反駁する。

しかしながら、被告人及び弁護人が「強行採決」との表現を用いたことは、前記(2)及び(4)に記した如き、特定秘密保護法の「国会審議」なるもの総体の惨状を指していることは明らかである。

選挙において争点ともされず、しかも憲法上重大な問題性を抱え、それゆえ広範な国民の反対の声に晒されている法律を、投票価値の不平等について憲法上の問題を生じさせるほどの不均衡を是正することもないまま強引に成立させた所為は「民主主義を実現するために重要な国会審議」とはおよそ相容れない、議会制民主主義の本旨に反する暴挙であると評すべきである。検察官の諸主張は、特定秘密保護法成立にかかる国会審議の問題性と違憲性を殊更矮小化せんとの意図に基づくものに過ぎず、失当である。本件公訴事実とされる事象が発生した当時において、参議院本会議場においてなされていた「審議」なるものの問題性と違憲性は些かも左右されるものでないことは論を俟たない。

5 小括

特定秘密保護法は、その立法事実自体が砂上の楼閣に過ぎなかったのである。それに留まらず、その審議においては立憲主義及び議会制民主主義の本旨は勿論、議院の自律性さえ顧みられることなく制定されたものなのであって、さらにその内容においては憲法の基本諸原理と民主政の原則とを悉く破壊するものなのである。

特定秘密保護法は、その目的として第1条を定めているところであるが、そこにいかに麗しく崇高な言葉が鏤められているとしても、違憲以外の何物でもない。有害無益な法律として即刻廃止されるべき悪法なのである。

第4 被告人は無罪である

1 被告人の本件靴投げ行為は象徴的表現として正当行為である

(1)象徴的表現(Symbolic speech)

ア 言論、出版その他の言語的媒体によらず、例えば、戦争に反対して公衆の面前で徴兵カードや国旗を焼く行為のように、自己の意見や思想を象徴する行動による表現活動のことを、主にアメリカでは「Symbolic speech(象徴的表現)」と位置付けている(野中ほか・「憲法Ⅰ」第4版・359頁)。

イ これは、人間の示す態度の中に、身体的・精神的諸活動の能動 的・意味付与的な側面が備わっていることに注目し、言葉を伴わないなんらかの「シンボル」(思想を象徴する記号や態度)を媒体とすることで自らの思想を伝達しようとする態度の表示を、表現行為と捉えるものである。

ウ 象徴的表現(Symbolic speech)と混同されやすい概念として、「行動を伴う表現(Speech plus)」というものがある。これは、象徴的表現の概念が形成される以前のアメリカ判例で広く採用されていたものであるところ、態度・行動を言葉から切り離した単なる「行動」とみなす考え方であり、それゆえ、必然的にかかる「行動」は表現の自由の保障範囲外とされることになる。しかし、人間の態度を、純粋な言葉と付随的な行動に分析することは不自然な場合も多々あるし、直接的な言葉よりも特定の態度で示す方が表現行為として効果的である場合もあることからすると、言葉によらない表現自体が表現行為として憲法上の保障を受ける必要性は高いといえる。

エ 日本国憲法第21条1項は、「集会、結社及び言論、出版その他一切の表現の自由は、これを保障する。」と規定されていることから、言論によらない表現である象徴的表現は、「その他一切の表現の自由」として憲法上の保障を受けると解されている(芦部編「憲法Ⅱ」480頁、伊藤「憲法」第三版313頁等)。

 

(2)象徴的表現についてのアメリカ判例法理

1989年の「Texas v. Johnson」事件(491.U.S.397)におい   て、アメリカ合衆国連邦最高裁判所は、象徴的表現の概念を認めた上で、ジョンソンが星条旗を焼却した行為を象徴的表現として保護した。そして、ある行為が、象徴的表現となるには、①あるはっきりとしたメッセージを伝達する意図の存在、②そのメッセージがそれを見た観衆によって理解される蓋然性の高さが基準となるとされた(清水証言)。

ジョンソンは、テキサス州ダラスで行われた反共和党を掲げる平穏な政治的デモの終着地である市庁舎の前で星条旗を燃やしたことから、かかる行為が一見して政治的表現であることは明らかであり、反共和党というはっきりしたメッセージを伝達する意図の存在がある(①)。また、かかる状況においては、星条旗の焼却を見た他の者は、この焼却行為から反共和党という政治的メッセージを理解する蓋然性は高い(②)。したがって、星条旗を焼却した行為は象徴的表現として認められたのである。

 

(3)被告人の本件靴投げ行為は象徴的表現である

ア 被告人は、秘密保護法案及び審議手続に対する抗議の意思を伝達するという明確な意図を持っていた

被告人は、本件以前は、市民運動や学生運動等にはほとんど関わっていなかった者であるが、本件当時、秘密保護法が成立してしまう可能性が急速に高まり、全国的に成立への反対運動が強まっていた時期であった。そのため被告人も、同法案が憲法に反する恐れが高く、国民主権や市民の平穏な生活を脅かしかねないことに強い危機感を抱くようになった(被告人質問)。

そして、衆議院で強行採決がなされた後、参議院でも強行採決近くなったことから、被告人は、どうしても反対して参議院での強行採決はやめさせなければいけないという強い思いが起こり、2013年12月2日に反対運動のために上京した(被告人質問)。

上京した日から、被告人は、国会周辺の秘密保護法反対デモに参加したり、同法案の憲法違反性等を記載した自作のビラを駅前でまいたり、議員会館での陳情活動をしたりする等、同法案成立反対行動を活発に行い、その一環として、本件当日の参議院本会議の傍聴に至った。

参議院本会議場に入り傍聴を始めた被告人は、本会議場で起こっていることを見聞きし、事態の異常さに愕然となった。つまり、本会議場は、特に野党議員の発言のときには、与党議員のヤジ、罵声、怒号、騒音が酷い状況で、会議の体を全く有していないものだった。それにもかかわらず、審議は無理矢理終了されようとし、そのまま強行に採決へと進んで行こうとしていたのである(日向証言、被告人質問)。

被告人が、本会議場に靴を投げ入れたのはその時である。国民主権等憲法の根本秩序を否定する疑いの声が各方面から上げられている法案内容(清水証言、田島証言)に強い抗議の意思を持って上京し、数日間に渡って同法の成立反対運動を続け、抗議の意思有しながら参議院傍聴をしていた被告人は、法案内容の問題性だけでなく、与党議員の喧騒による会議妨害行動により参議院審議自体が手続き上の重大な疑義を有することを知ったのである。 違憲という重大な問題のある法案が、会議という本来適正でなければならない手続きをも無視された状態で強行に採決されようとしていることを目の当たりにした被告人は、法案の違憲性と審議手続の違法性の双方への抗議の意思が高まり、抗議の意思を少しでも示そうとして、履いていたスニーカー靴を会議に投げ入れたのであった(被告人質問)。

このように、12月2日に上京した理由とその後の被告人の行動及び傍聴時の本会議場の異常な様相に鑑みれば、靴を投げ入れた際、被告人が、秘密保護法案及び同法案審議手続に対する抗議の意思を伝達するという明確な意図を持っていたのは明らかである。

イ 被告人の本件靴投げ行為を見た他者が、それにより秘密保護法 案や国会審議の異常性への抗議のメッセージと理解する蓋然性は高い

上述の通り、本件当時、秘密保護法案についての反対意思は各方面から数多く表明されており、全国各地で抗議運動は盛り上がりを見せていた。そのような中、国会審議は罵声・怒号による喧騒に包まれ会議の体をなさず、かかる状態のまま審議が終了され採決へと進もうとしていたときに、被告人によりスニーカー靴が議場に投げ入れられた。

このような、事実経緯からすれば、傍聴席で実際に被告人の靴の投げ入れを見た者や、報道等により被告人の靴の投げ入れ行為を知った者は、被告人の行為について、同法案の違憲性及び国会審議の異常性・違法性への抗議の表れと理解するのが極めて合理的である。

 

(4)小括

以上から、被告人の本件靴投げ行為は、象徴的表現に他ならない。

それゆえ、「その他一切の表現の自由」として、憲法21条1項の表現の自由の保障を受ける。そして、秘密保護法の内容の違憲性は言うまでもなく、また、本件当時の参議院本会議の手続きは、いわば「学級崩壊」さながらのものであり(日向証言)、会議という適正な手続が無視された異常なものであった。さらに、被告人の靴投げのことを、傍聴席にいた日向証人も気づかず、議長を始め本会議場にいた大多数の議員も気づいていなかった。実際、その当時、記名投票にするか否かを評議するために議事が止まっていたのであって、被告人の靴の投げ入れによって議事が止まったことはなく、被告人の靴の投げ入れは議事に微塵も影響を及ぼさなかった。

つまり、被告人の象徴的表現の自由の対立利益といえる参議院の議事は、そもそも異常かつ違法な手続であっただけでなく、被告人の象徴的表現によって何らの妨害も受けなかったのである。

このことからすれば、比較考量論を採用したとしても、被告人の象徴的表現行為について威力業務妨害罪を適用することによる失われる利益が、得られる利益より圧倒的に上回ることは明らかである。

以上から、被告人の本件靴投げ行為は、憲法に保障される表現行為としての正当行為(刑法35条)として適法である。

したがって、被告人は無罪である。

2 被告人の本件靴投げ行為は抵抗権の行使として正当行為である

 

(1)抵抗権

ア 日本国憲法は、抵抗権を明文で定めてはいないものの、日本国憲法の基本原理の背景には自然法・自然権があり、国家権力に憲法擁護義務(憲法99条)を課していることからすれば、抵抗権を確認乃至宣言する規定が有る無しにかかわらず、自然法に直接根拠をおく権利としての抵抗権は日本国憲法において存在するということができる。

イ 実際、裁判例においても抵抗権の存在は肯定されている(札幌地裁判決昭和37年1月18日、東京高裁判決平成5年2月1日)。

東京高裁判決平成5年2月1日によれば、「自然法思想に基づく 抵抗権の行使が実定法上の罪の違法性を阻却するとの見解に従うとしても、これが認められるのは、①民主主義の基本秩序に対する重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとする場合で、しかも、②その不法が誰の目からみても一義的に明白な場合であり、かつ、③憲法、法律によって定められた一切の法的手段がもはや有効に目的を達する見込みがないなどの極限的な場合に限られる」と、要件を絞りつつも抵抗権の行使そのものについては肯定している。

 

(2)被告人の本件靴投げ行為は抵抗権の行使である

ア 特定秘密保護法は、権力分立、平和主義、国民主権、立憲主義、基本的人権の尊重等という日本国憲法の基本原理に反するという重大な違憲性を有する法律である。かかる法律が成立し施行されることは、憲法の基本原理を破壊するものであり、憲法の存在自体を否定するといえる。したがって、本件は、①民主主義の基本秩序に対する重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとする場合に該当する。

イ また、特定秘密保護法の成立に際しては、多くの市民、法学者、マスコミ、芸術家、労働組合等の各種団体そして日本弁護士連合会が、同法が違憲・違法であるとして強く反対の声を上げ、法案審理の前後には、多くの個人や団体から反対声明が発せられ、集会やデモが全国各地で巻き起こった。そして、成立後の今日においても、その廃止を求める運動が強力に継続しており、法令の違憲を訴える訴訟は各地で複数提起されているし、多くの地方自治体ではその廃案を求める決議が上がっている。したがって、本件は、②その不法が誰の目からみても一義的に明白な場合に該当する。

ウ さらに、特定秘密保護法は、本件当時、立憲民主主義に反する数の論理だけに基づく多数決的民主主義により、強行に採決されようとしていた。しかも上述のとおり、本件当時の参議院本会議は、罵声・怒号・机を叩くなどの騒音に包まれ、「学級崩壊」さながらに、会議という適正な手続きが無視された異常・違法というほかないものであった(日向証言、被告人質問)。ここにおいて、自然権侵害、憲法価値の危機は現実化したといえる。反対派の意見も尊重しつつ適切な議論をしつつ審議を行うというのが適正な手続としての会議であり、国権の最高機関である国会審議では国民主権を担保するためにかかる適正な手続が特に確保されなければならないのは言うまでもない。にもかかわらず、「学級崩壊」さながらに会議の体をなしていなかった本件当時の参議院本会議は、国民主権が無視された違法・違憲な手続であることは明白である。そうであれば、本件は、③憲法、法律によって定められた一切の法的手段がもはや有効に目的を達する見込みがないなどの極限的な場合にも該当するといえる。

エ 以上から、被告人の本件靴投げ行為は、自然法にしたがった正当な抵抗権の行使であるから、正当行為(刑法35条)として適法である。

したがって、被告人は無罪である。

3 公訴棄却

(1)昭和55年12月17日最高裁決定

昭和55年12月17日最高裁決定は、公訴棄却一般について「・・・検察官の裁量権の逸脱が、公訴の提起を無効ならしめる場合のありうることを否定することはできないが、それは例えば、公訴の提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる。」などと述べるに至った。

しかし、「検察官の広汎な訴追裁量権限」から出発し、そこから  の逸脱を、「職務犯罪を構成するような極限的な場合に限られる」などという枠をはめるならば、ほとんど全ての社会的背景及び事件の特殊性は排斥されることになり、結果として検察の訴追裁量に従わざるを得なくなる。この最高裁決定に従えば、検察官の訴追裁量の逸脱・濫用は実質的に観念できなくなるのであり、検察官の訴追裁量に絶対的な正当性を与えうるといっても過言ではない。

この最高裁決定は、検察官の起訴便宜主義・裁量権を不相当に重視し、結果、恣意的な起訴を全面的に擁護する結論となっているものであり、極めて不当である。

したがって、この最高裁決定の論旨は克服されなければならない。

 

(2)下級審や学説の努力

実際、下級審や学説においては、不当な起訴から被告人を救済するための努力が重ねられてきた。

例えば、広島高裁松江支部での控訴審判決(昭和55年2月4日)がある。同判決は、

「憲法一四条違反の差別捜査に基づいて、差別された一方だけに対して公訴が提起された場合、右公訴提起は憲法三一条に違反するから、差別の程度、犯罪軽重等を総合的に考慮して、これを放置することが憲法の人権保障規定に照らして容認しがたく、他にこれを救済するための適切な方途がない場合には、憲法三一条の保障を貫徹するため、刑訴法三三八条四号を準用ないし類推適用して公訴棄却の判決をするのが相当である。」

と判示し、公訴棄却の判決を下した。

また、学説では例えば、いわゆる実体法説(処罰不相当説)の立場から、「本来の意味での公訴権濫用にふさわしいのは『悪意の起訴』であり、その他のものを公訴権濫用論の名の下に論じることは、検察官の主観的意図の重視を導き、かえって議論を混乱させるおそれがあり、それらの問題は適正手続、あるいは被告人保護という観点から訴訟条件の欠如の問題として処理してゆく方がよい。」(鈴木茂嗣「刑事訴訟法」107~110頁)として、問題意識の提起と理論構築の試みが続けられているところである。

 

(3)公訴棄却の問題は憲法規範に沿って検討されなければならない

憲法は最上位規範、根本規範、授権規範であるのだから、起訴の適法性違法性についても憲法規範に沿って検討しなければならないのは言うまでもない。当然ながら最高裁も刑事訴訟手続きの他の場面においてかかる姿勢をとっている。

例えば高田事件判決(昭和52年12月20日)は、

「(憲法37)条一項は、迅速な裁判を一般的に保障するため  に必要な立法上・司法行政上の措置を要請するにとどまらず、個々の事件につき、審理の著しい遅延の結果被告人の迅速な裁判を受ける権利が害されたと認められる場合には、具体的規定がなくても、審理打切りの非常手段がとられることを認める趣旨である。」

と宣明し、憲法37条1項の直接適用により免訴判決を下した。

また、最高裁判決(昭和53年9月7日)は、次のように憲法規範をあえて明示して結論づけた。

「証拠物の押収等の手続に、憲法三五条及びこれを受けた二一八条一項の所期する令状主義の精神を没却するような重大な違法があり、これを証拠として許容することが将来における違法な捜査の抑制の見地からして相当でないと認められる場合には、その証拠能力は否定される。」

このように最高裁は、刑事訴訟法の上位規範である憲法の立場から判断を下してきた。

最高裁自身が採っているこうした理論を前提にすれば、当然他の条項にあっても重大な憲法違反的事態の生じている場合には、当該条項を直接適用し、形式判決により被告人を早期に解放すべきであるし、それは可能であるという結論が導かれるのである。

したがって、裁判所は、憲法規範の尊重を最優先して起訴の適法性を検討すべきであり、当該起訴が憲法規範・価値に反する場合は、公訴を棄却しなければならない。

(4)本件起訴は憲法規範及び憲法価値に反するものである

ア これまで述べたとおり、被告人の本件靴投げ行為は適法であり、このことは公訴提起時から明らかである。被告人の本件靴投げ行為が、憲法21条1項で保障される象徴的表現行為であること、及び、憲法価値を守るための自然法に直結した行為(抵抗権の行使)であることに鑑みれば、行為の外形的側面のみを取り上げて威力業務妨害罪の罪責を負わせようとする本件起訴は、憲法規範及び憲法価値に真っ向から反するものであり、ひいては日本国憲法99条の公務員の憲法擁護義務に違反するものである。

イ そうである以上、検察官の広汎な訴追裁量を前提としても、本 件起訴は、憲法価値を否定した著しく正義に反する起訴であることは明白であり、公訴権濫用論を許容した最高裁決定昭和55年12月17日の示した要件である「公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合」に匹敵するものである。

ウ 仮に、「公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合」にはあたらないとしても、本件起訴は憲法規範及び憲法価値に真っ向から反するものであるのだから、訴追裁量の逸脱であることは明白である。

エ したがって、本件起訴は訴追裁量権を著しく逸脱したもので、刑訴法248条に照らし無効であり、同法338条4号により公訴棄却の判決をすべきである。

 

 

 

4 結語

以上から、被告人についての本件起訴は、公訴権濫用として公訴棄却の判決をすべきである。

また、実質的にも、被告人の本件靴投げ行為は、正当行為であって適法であるから、被告人は無罪である。

以 上

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