4月24日、「12.6秘密法弾圧初公判」における『Aさんの陳述書』と『弁護団の陳述書』の全文掲載!

意見陳述文

秘密保護法と闘う男・A

 

私は今回の件について、自分のした行為に関しては概ね認めるものです。

私は12月6日の参議院本会議において、特定秘密保護法案の強行採決に抗議し、自分の履いていた靴一足を一つずつ議場内へ投げ込みました。

しかしながら、今回の私に対する逮捕、起訴および84日間に及ぶ長期拘束は、到底受け入れることができないものでした。

民主主義国家、法治国家であるならば、為政者は当然「憲法」を守らなければならないはずです。しかし、現在の安倍首相は、憲法の意味も自分にはそれを守る義務があることも理解していないように見受けられます。

戦後約70年間、日本とアジアの平和維持に大きく貢献してきた日本国憲法は、安倍首相が作りたくて仕方がない「戦争国家-軍事・独裁・秘密・監視国家」のためには単なる障害物でしかありません。だからこそ、「特定秘密保護法」という明らかに憲法違反の大悪法を国会に提出したのです。

この法案さえ成立させてしまえば、日本国憲法の3大原則-国民主権・平和主義・基本的人権の尊重のすべてを有名無実化することが可能です。安倍首相にとっての障害物である平和憲法を骨抜きにすることができるのです。そのことが、法案の中身を知れば知るほど私たち市民にわかってきました。そのため、昨年11月から12月にかけてあれほどの全国的反対運動が起こって盛り上がったのです。

しかし、安倍首相には自分に反対する人々の意見を謙虚に聞く姿勢も、そうした人々の想いを理解しようとする態度もありません。想像力もありません。あるのは、「衆参両議院で多数を得た自民党-それに選ばれた総理大臣である私は何をやってもいいのだ」という思いこみと驕りのように見えます。

だから、特定秘密保護法というありえないレベルの悪法を、これまたありえない暴力的、非人道的と言ってもいい手法で成立させてしまったのです。

 

私が本日、ここにいらっしゃる裁判官や検察官の方々、傍聴者やマスコミの方々、それからマスコミの向こうにいる日本中の市民の方々に最も伝えたいのは次のことです。

 

それは、「民主主義の本質は何よりもプロセス、過程を大事にすること」であるということです。

多数の数をもっている側が、その数を頼って少数者の側の意見をきちんと聞かず、真摯な議論を重ねることなしに多数決をもって強行に採決するのであれば、

それは全く民主主義ではありません。

言い換えれば、民主主義とは「政権をもっている側、多数をもっている側がしっかりと少数者の意見に耳を傾け、同じ高さの目線で誠実な議論をすること」

によって初めて成り立ちうる、実現するものであると考えます。

そのためには、政権、権力をもっている側が謙虚さをもっている必要があります。なぜなら、日本国において主権をもっているのはあくまでも市民、国民であるからです。ある元総理大臣が言うように、「総理大臣の権力のというのは国民から与えられているものである」わけですから、当然主権者である国民に対しての謙虚さは必要です。それと同時に、権力をもつ側は、権力に対しての畏怖の念、権力をもつ恐さを感じてそれを行使して頂きたいのです。

さて、現在の安倍政権には、主権者たる市民に対する謙虚さはあるのでしょうか?残念ながら、私には政権側の謙虚さは全く感じられません。

その根拠として、先の秘密保護法の審議のあり方を指摘させて頂きます。

日本全国で急速に反対運動が盛り上がり、数多くの学者、弁護士、日本ペンクラブをはじめとするジャーナリストたちが深刻な懸念を表明し、慎重な審議あるいは廃案を求めたにも関わらず、安倍政権は一切それらの声に耳を貸さず、衆議院でも参議院でも強行採決を繰り返しました。この安倍政権の姿勢を象徴するものとして、衆参両院が開催した公聴会への対応があります。

衆議院、参議院でそれぞれ開催した公聴会のあと、政府与党はなんと両方ともその翌日に委員会で強行採決したのです。公聴会は、市民や有識者の代表から広く意見を聞いて政策に反映させるために開くものです。ですから、公聴会の翌日に強行採決では発言者の意見が法案に反映できるわけもなく、その前提となる国会での議論すらできません。「公聴会をやりました」ということを、強行採決をするための免罪符として使いたいように見えるのです。

当然ですが、その公聴会で特定秘密保護法案に反対し、慎重審議を求めていた発言者は非常に憤っていました。こうした安倍政権の政治姿勢は、公聴会の参加者だけでなく、市民・国民を愚弄し、バカにしているととられても仕方ありません。

私はここに安倍政権の本質的思想を強く感じるのです。

簡単に言えば、「我々に任せてくれれば大丈夫だから、国民の皆さんは安心して黙っていてくれ。選挙で多数をもった者が全権をもって決める。それが民主主義でしょう?」というような発想、底辺に流れる思想を感じざるを得ません。

私が思うにそれは決して民主主義ではなく、「戦いに勝った方が総取りをするという戦国時代のような発想、思想」だと感じます。

ですから、安倍首相や政府幹部、与党幹部の人たちは本当に日本国憲法の趣旨を理解しているのか、国民主権、民主主義の意味を理解しているのかが疑問になるのです。仮に理解されているとしても、その「民主主義の根本精神、

日本国憲法の根本精神」というものが、安倍政権が進みたい方向に対して障害物なのではないかと思うのです。

少なくとも今回の民意を全く無視した強行採決の連発によって、安倍政権が日本国憲法をないがしろにしたということは言えると思います。その政治姿勢、手法が民主主義的なものでなかったことも間違いなく言えるでしょう。

だからこそ、私はこの暴挙を絶対に許せないと感じ、主権者の1人として抗議の意思を表明するために、どうしても他の手段がなかったために靴を投げたのです。国会内では、私たち市民には主権者でありながらヤジを飛ばす権利も拍手する権利すらも認められていません。それに対して国会議員は、特に自民党議員はまさにやりたい放題の悪態をついており、その惨状に対して抗議することは市民誰もがもつ「抵抗権の行使」だと考えます。

私は決して目立ちたいとか、言論以外の表現をしたいとかの理由でその行為をしたわけではないのです。安倍政権がしっかりとした民主主義的な国会運営をしていたなら、私は決して靴を投げてはいませんでした。その行為が私の頭に浮かぶことすらなかったでしょう。

 

だからこそ、安東裁判長や裁判官の皆様にお願いいたします。

この私の件に対する裁判を、ぜひとも民主主義国家である日本にふさわしいものにして頂きたいのです。

過程、プロセスを大事にし、検察側と弁護側の主張に対してしっかりと耳を傾け、検察側、弁護側および本人である私が納得できるような形で裁判を進めて頂きたいのです。主権者として裁判に参加される傍聴者のみなさんも、もちろん納得して頂けるような形で進めて頂きたいのです。国会において私がした行為のみに焦点を当てることなく、特定秘密保護法の中身や、その審議方法および採決手法がどうだったのか、この裁判においてしっかりと検証して頂きたい。そうでなければ、この裁判が民主主義的にきちんと行われたことには決してならないはずです。

このことは本来お願いすることではなく、日本に住む市民誰もがもっている権利だと考えます。ですので、安東裁判長はじめ裁判官の方々が、しっかりとした公判を進めてくださることを信じます。

裁判は結果も大事ですが、過程、プロセスが前提として大事でしょうから、私がお願いするのは僭越ではありますが、どうぞよろしくお願いします。

また、マスコミの皆さんにも、権力をもった司法機関が、公正中立にそれを行使しているかをきちんと監視、チェックした上での報道をして頂けますようにお願いいたします。

 

それでは、今回の私に対する逮捕・起訴について述べます。

そもそも、警視庁と東京地検はそれぞれ「逮捕する相手」と「起訴する相手」を間違えてはいないでしょうか。逮捕・起訴すべきは私ではなく安倍首相のはずです。

憲法違反の大悪法を主権者である国民の意思を踏みにじって強行に成立させたのですから当然でしょう。逮捕・起訴されるべきは安倍首相と菅官房長官、自民党の石破幹事長、安倍政権のブレーキ役どころか一緒になってアクセルを踏んだ公明党・山口代表の方です。

もしも私が警察庁長官あるいは警視総監であったなら、特定秘密保護法が成立させられた翌日の12月7日、以上の4名をすぐに逮捕しました。それをクーデターと呼ぶなら呼ばれても構いません。民主主義国家の日本において、明白に憲法違反である法律を意図的に通し、憲法と民主主義という「日本国の骨組み」を破壊した安倍首相の行為こそクーデターだと考えます。実際、秘密保護法に反対するデモが行われていた国会周辺では、「アベノクーデターを許すな」というメッセージボードをたくさん見かけました。

もし警視庁に正しい判断力と「憲法と法律の意味を理解する力」があれば、逮捕されたのは私ではなく安倍首相とその側近だったはずです。

その方がよほど正常な、良心と常識が機能している法治国家です。安倍首相は、日本国憲法に反する特定秘密保護法を暴力的、非民主的手法で成立させたことでクーデターを完成させ、自らの政権の正当性を放棄したということもできるでしょう。

今首相官邸にいるのは日本国民の負託を受けた正当な総理大臣ではなく、不法にそこに居座っているクーデターの首謀者であるというのが私の認識です。

 

それでは、特定秘密保護法の中身と審議の過程がいかに異常であるのか、あったのかについての私の見解を述べます。

まず、安倍首相は2012年12月の衆院選でも昨年7月の参院選でも特定秘密保護法を全く公約に書きませんでした。市民に対して意図的に隠し、ねじれ国会が解消した瞬間に突如提出し、まさに「問答無用」という姿勢で押し切ったのです。

これは、この法案に反対した野党や国民に対してはもちろんのこと、自民党・公明党の支持者に対しての裏切りでもあります。安倍首相は全国民を欺いて秘密保護法を成立させたのであり、公約に書かない法案を提出して成立させたこと自体が重大な「公約違反」であるとも言えるでしょう。

そして、安倍首相は昨年3ヶ月も4ヶ月も夏休みを満喫し、意図的に臨時国会の会期を短くしたうえで特定秘密保護法を提出し成立させました。

7月下旬に福島原発の汚染水漏れの事実が発覚したにも関わらず、臨時国会を開いたのは10月25日です。つまり、特定秘密保護法のスピード審議と成立のために深刻な汚染水問題を3ヶ月も放置したのです。断じて許されないことです。

 

また、特定秘密保護法の中身は一言で言えば論外だと思います。注目すべきは国内の学者、弁護士、ジャーナリストだけではなく、世界からも悪い意味で注目され、通常ではありえないレベルの批判・非難を浴びていることです。

たとえば昨年12月3日、国連人権高等弁務官事務所のピレイ人権高等弁務官が、「『秘密』の定義が不明確で、政府にとって不都合な情報が秘密扱いにされる可能性がある」、「日本国憲法が保障する情報アクセス、表現の自由を適切に守る措置がないまま法制化を急ぐべきではない」と極めて異例な声明を出しました。

要するに、

「こんなとんでもない法律を成立させたら日本はたいへんなことになりますよ。この法案は日本国憲法に違反するものですよ。」

と言っているのです。先進国でこんなことを言われる国はありません。

 

また、私はこの法律の歯止めとして「第三者機関」の存在が非常に重要だと考えます。しかし、安倍内閣はなかなかこれを作ろうとしませんでした。法案の成立直前にしぶしぶ打ち出した第三者機関は、3つとも内閣の中に設置されるものであり、とても第三者機関と言えるものではないのです。

実際、12月4日に陳情に行った際に会った自民党の参議院議員、そして外務大臣政務官でもある某議員は、「内閣の中に作るならそれは第三者機関とは言えないでしょ?」

と笑いながら言いました。

これは安倍首相の言うことと正反対であり、法律の肝心要の部分で「閣内不一致」の状態です。特定秘密保護法は内閣提出の法律であるにも関わらず、基本的な所で閣内の認識共有さえされていないのです。つまり、内容がほとんど决められないまま、「とにかく大枠としての法律を通してしまえ。成立さえさせてしまえばこっちのもの。」という程度の意識で、大急ぎで暴力的に成立させたのです。

その外務大臣政務官は、自身で言っていましたが特定秘密保護法の担当者だそうです。法案担当者と内閣総理大臣が全く逆の認識をもっていることの異常性、重大性を指摘しておきます。

また、その政務官はそれ以外にも重要な発言をしました。彼は、「今回の法案の対象に警察と公安を含める必要はなかったと思う」と言ったのです。

しかし、実際は国家の安全保障よりも「公安警察の権限強化法」であり、この法案を作成した内閣情報調査室(内調)のトップ、北村滋氏はまさに日本を「警察国家」にしようとしていると言われています。このことは、昨年12月21日付「週刊現代」に詳しく書かれてあり、その中で某野党議員や元北海道警幹部の原田宏二氏の証言がされています。

 

それでは、今回の起訴内容について私の所見を述べます。

私の行為によって「議場が騒然とし、審議が妨害された」ということには到底納得できません。

もともと大悪法の審議で議場は騒然としていました。野党議員の発言時には、まさに暴力と言うにふさわしい自民党議員の恐ろしいヤジ、机をバンバン叩く行為、名札で机をガンガン叩く行為がなされていました。マイクを通しても発言者の声が傍聴席でも聞こえない時もあるほど、議場内は騒然としていたのです。

傍聴する権利がある私たちの権利を侵害したことで、自民党議員とそれを全く注意しなかった山崎参議院議長にこそ、この時点で「威力業務妨害罪」が成立しているのではないでしょうか。

少なくとも、彼らのやっていた「実際の暴力以上に暴力的で凶暴な悪態の数々」は、国会議員としての品格はまるでなく、保護されるべき「正当な業務」をしていたとはとても言えません。山崎議長や暴力的議員たちが、「私たちは正当な業務をしていた」と主張したとしても、それは全く説得力をもちません。ヤジを言う権利もなければ拍手する権利すらない私に、唯一「抵抗権の行使」をするために残されていたのが一足の靴なのです。

私は、「安倍政権の暴走に対して日本中の市民の怒りを伝えたい、この状況で無条件降伏はありえない」との思いからやむにやまれず靴を投げました。決して投げたくて投げたわけではありません。野党との対話も市民との対話も拒否して数の力で大悪法を強行採決する政権と与党に対し、それ以外の抵抗手段がなかったのです。

 

私はすぐに取り押さえられ、逮捕勾留の末に起訴されました。そして、最初の取り調べで名前などを話してしまったため、警視庁は即日私の実名をマスコミに流しました。テレビの全国ニュースや地元の静岡新聞で実名報道され、私と家族、親戚はとてつもない被害を受けたのです。

私の住んでいる地域は都会ではなく地方、田舎であり、報道の力は絶大です。私は直接報道を見てはいませんが、まるでストーカー殺人事件や通り魔殺人事件を起こしたかのような過剰で大げさな報道がされたようです。

私は2月28日に保釈されてから多くの知人に連絡しましたが、そのうち複数の方から返信がなく、私から離れていったようです。また、私だけでなく家族や親戚も甚大なダメージを受けているのです。

この実名報道は、まさに国家権力と権力に追従するマスコミによる「一市民に対するテロ」と言っても過言ではないでしょう。

マスコミのみなさんには、自分たちがごくふつうにしている報道が、一つの家族を崩壊させ、長年築いてきた人間関係、信頼関係を壊し、市民生活に対して取り返しのつかないダメージを与えることもあるということを肝に銘じてほしいのです。マスコミは警察や政権の広報機関ではありません。

今回のように権力側が間違ったことをした時に、市民の側に立ってきちんと権力を批判しないならば、マスコミの存在意義などありません。

また、わざわざ警視庁が静岡の自宅まで家宅捜索に来て、パソコンを押収していきました。私には犯罪歴も全くなく、反政府系の団体に属しているわけでもありません。家宅捜索など全く必要ではなく、単なる見せしめでしかないのです。

私は実名報道や家宅捜索をされるほど悪いことをしたのでしょうか?

悪いのは安倍政権と自民党・公明党のはずです。憲法違反の大悪法を強行採決した方は何の責任も問われず、主権者の1人として「抵抗権を行使」しただけの私が徹底的に弾圧されたのです。あまりにもおかしいことです。

それから、私のした行為がそもそも「起訴相当」のものなのでしょうか?

安倍政権のした行為のひどさに比べれば、全くの微罪だと考えます。

例えば、米軍の横須賀基地、厚木飛行場がある神奈川県では多くの性犯罪が起きています。1人の女性の人生を台無しにする可能性もある性犯罪を起こしても、神奈川県では米軍関係者が被疑者ならばほぼ100%不起訴になるそうです。

また、不法滞在した外国人を本国に強制送還した際、刑務官が過剰な暴力的対応で本人を死なせてしまった事件がありました。しかし、関わった10人の刑務官は全員不起訴でした。

それに対して、誰1人ケガ人すら出ていない私の件が起訴されるとは、あまりにバランスを欠いています。私が留置された警視庁麹町署のある警察官も、「まさかこの件で起訴までされるとは思わなかった」と言っていました。このような、「市民感覚」と検察の判断との間にある大きすぎるギャップこそが問題ではないでしょうか。

以上のことから、私の件は起訴するような案件ではなく、そもそも「威力業務妨害罪」など成立してはいないと考えます。検察がそれを頑なに主張することは何の説得力ももたず、主権者たる多くの市民の理解は到底得られないものだと思います。

 

意見書

 

 

被 告 人   ●●●●

2014年4月24日

 

 

弁 護 人   川   村    理

 

同       上  杉  崇  子

 

同       吉  田  哲  也

 

東京地方裁判所刑事13部 御中

 

上記被告人(威力業務妨害被告事件)の事件に対する弁護人の意見は、以下のとおりである。

 

第1 はじめに

 

本件は、特定秘密の保護に関する法律(以下、「特定秘密保護法」という)の参議院本会議審議の際、被告人がこれに抗議しようとして、運動靴一足を議場に投げ入れたという行為が、威力業務妨害罪に当るとして公判請求された事案である。

本件における保護法益、すなわち、妨害された「業務」とされているのは、参議院本会議における特定秘密法の議事という業務である。

 

本件で保護されるべき議事の対象である特定秘密保護法案は、周知のとおり、「稀代の悪法」として、その成立に際しては、多くの市民、法学者、マスコミ、芸術家、労働組合等の各種団体そして日本弁護士連合会が、強く反対の声を上げ、法案審理の前後には、多くの個人や団体から反対声明が発せられ、集会やデモが全国各地で巻き起こった。にもかかわらず、安倍政権はそうした多くの人々の声を無視し、本件法案の強行採決に踏み切ったものである。

 

特定秘密保護法案に関しては、その法案成立後の今日も、その廃止を求める運動が現在も強力に継続しており、法令の違憲を訴える訴訟は各地で複数提起されているし、100を超える地方自治体でその廃案を求める決議が上がっている。こうしたことから、本件公判も大いに注目を集めるものとなっているのであり、弁護人らが、本件の使用法廷を小さな警備法廷ではなく大きな通常の法廷にするように求めたゆえんもそこにある。

 

以上の次第であるから、本件公判においても、最大に問われるべきは、当該業務の要保護性、すなわち、特定秘密保護法案それ自体の是非であり、この問題の評価を抜きにして、被告人の行為のみを切り離して評価することは許されない。

弁護人は、本件公判において、特定秘密法案それ自体の問題を十分に対象化し、慎重な審理がなされるべきことを強く望むものであり、後に指摘する衆参両議院のごとき拙速な審理のあり方は決して許されないと思料する。

 

以下、本論においては、第2項にて公訴事実に対する弁護人に認否を述べ、第3項にて特定秘密保護法の強行採決に至る手続きの違法性を論じ、第4項においては特定秘密保護法そのものの違憲性を概観する。その上で、第5項においては、本件公判請求や被告人の行為に関する弁護人の評価を論じることとする。

 

第2 起訴状の公訴事実に対する弁護人の認否

 

起訴状記載の公訴事実のうち、弁護人が否認して争う部分は次のとおりである。

 

1 「議事を妨害しようと企て」とあるが、これを否認する。被告人の行為の目的はもっぱら特定秘密保護法成立に対する抗議の意思表示であり、議事の妨害という現実的具体的目標を伴ったものではなかった。

 

2 「同議場を一時混乱状態に陥れ」とあるが、これを否認する。当日の参議院の議事は、自民党議員等の議員のヤジ、怒号により、被告人の行為以前から騒然としていて混乱を極めており、会議体の体をなしていなかったのであるし、被告人の行為によって、こうした議場の審議進行に何らかの影響があったということもない。

 

3 「議事を妨害したものである」とあるが、これを否認する。上記のとおり、被告人の行為に基づいて議事の進行に支障を来したことは全くない。

 

4 被告人が「運動靴一足を片方ずつ投げ入れ」たという点は争わないが、当該行為は、業務を妨害するに足りる程度のものとは評価できず、刑法234条の「威力」には当たらない。

 

第3 特定秘密法案の強行採決に至る手続の違法性

 

1 特定秘密保護法案の背景

 

2012年12月26日に発足した第2次安倍政権が狙うものは、改憲と戦争のできる国家を構築することであり、その遂行の為に、強権的な治安弾圧体制を作り上げようとしている。

自由民主党は、2012年4月に党の憲法改正草案を公表したが、その内容は、現行憲法の根本を全面的に否定し、立憲主義や基本的人権の保障のあり方それ自体をも覆そうという極めて悪辣な性格を持っている。

特定秘密保護法は、こうした安倍政権の改憲路線の中にあって、それを法律という形で先取り的に進めるものである。

同法案は、2013年3月、国家安全保障会議(日本版NSC)の創設に関する有識者会議の中で、諸外国と情報交換を行うからには秘密保護が必要だと指摘があったことから、日本版NSCとセットで論じられることとなり、議論の当初は、国家の軍事部門の要求に基づいていたのであるが、法案検討の過程において、内閣情報調査室、警察庁等の警察官僚がその立案に加わり、警察ことに公安部門の希望を大幅に取り入れる中で法案の骨格が形成されていくのである。

なお、安倍政権の改憲路線は、現在、集団的自衛権の「限定的容認」という憲法解釈の変更をもってさらに推し進められようとしている。

 

2 法案の提出に至る異常な拙速性、欺瞞性

 

特定秘密保護法案は、その法案の内容を政府が発表したのが、提案直前の2013年9月3日であり、それに対するパブリックコメントの期間もわずか15日間しかなく、異様な迅速さで提出が強行された法案である。

そもそも安倍政権は、当時の臨時国会を当初は「成長戦略実行国会」などと自称していたのであり、秘密保護法案の審議を行うそぶりをことさらには示していなかった。

 

3 反対の声の急速な拡大

 

10月25日に政府の閣議決定がなされ、その実体をいよいよ明らかにした特定秘密法案に対しては、多くの反対の声が急速に高まった。

前記パブリックコメントの中身を見ると、賛成側の意見が11,632件、反対側の意見が69,579件という内訳であり、反対の意見が大きく上回っている。

世論調査の結果を見ても、そのほとんどで、法案に「反対」が「賛成」を上回り、これに「慎重審議すべき」という意見を加えれば、圧倒的多数の人々は特定秘密保護法案を問題視していたのである。

 

日本弁護士連合会は、意見書や声明を3次にわたり発表し、法案に強く反対をした。

142名の憲法学者・メディア法学者や、120名を超える刑事法学者等、多くの学者は、法案に反対の声明を発した。

日本新聞協会、民放連といったマスコミも同法案に強い危惧を示し、日本新聞労連をはじめとする多くの労働組合、ジャーナリスト、文筆家、芸術家、映画関係者、演劇団体、芸能人、宗教団体からも多くの強く反対の声が上げられていった。

衆議院、参議院の採決直前には、福島、埼玉にてそれぞれ公聴会が実施されたが、ここでも反対ないし慎重審議を求める声が圧倒していた。

そして、全国各地で特定秘密保護法案反対の取り組みが行われ、法案審議の前後には、巨大なデモが国会周辺を包囲したのである。

しかし、国会内の議論は、こうした国会外の声を全く反映しない、どうしようもないものとなっていたのである。

 

4 本件強行採決の違法性

 

後述第4のとおり、特定秘密保護法の違憲性はあまりに明白であり、前記のとおり、国会の外での法案反対の世論が、当初の予測を超える高まりを見せていた以上、国の唯一の立法機関であり、全国民を代表する選挙された議員で構成する国会(憲法41条、43条1項)は、本来、本法案の審議においても、国民の声を十分に反映させ、法案を巡る慎重かつ十分な審議をする責務を負っていたと言うべきである。

 

しかしながら、特定秘密保護法の審議は、重要法案の審議としては信じがたいほど拙速かつ杜撰なものであり、まさに「強行採決」の名にふさわしいものであった。

 

衆議院では、11月7日から審議入りが開始されたが、26日には早くも強行採決がなされ、審議に要した時間は約46時間である。

参議院では、11月27日から審議入りが開始されたが、12月6日には早くも強行採決がなされ、審議時間はたったの22時間である。ことに、参議院本会議に先立つ国家安保特別委員会での強行採決は、現場の混乱により、議事録上は「聴取不能」と記録されており、実際に採決がなされたかすらも記録上定かでない。

 

衆議院でも、参議院でも、審議において、法案の中身の疑問点は日増しに積み重なり、森雅子担当大臣の答弁は二転三転する状況であった。また、同法の問題点を克服する中身にはほど遠いとしても、維新の会、みんなの党は修正法案を出し、民主党も対案を提出していたが、これらを巡る審議も全く不十分であった。

 

特定秘密保護法は、こうした状況下、12月6日の深夜に強行採決され同月13日の官報において公布されるに至ったのである。

 

こうした拙速かつ杜撰な審理の問題性は、法案採決後の安倍晋三の発言として、「私自身がもっともっと丁寧に時間をとって説明すべきだったと反省している」と述べた事実がもっともこれをよく示している。

 

以上が、特定秘密保護法の強行採決を巡る一連の過程である。

 

要するに、特定秘密保護法案の審議においては、極めて短い討議の過程で、内容においても重大な疑義が次々と指摘され、各会の反対の声が急速に拡大していく状況にあったのであるから、こうした問題の多い重要法案については、反対討論を機会を十分に保障することを含めた万全の審議を経るべきことは民主主義の(いうよりも会議体の)そもそも常識というべきものであり、全国民を代表する選挙された議員で構成する、国の唯一の立法機関たる国会においては、そうした慎重な審議をなすべきことが義務にも当たると言うべきである。

本件強行採決は、こうした民主主義の常識に反するものという意味で、重大な瑕疵を帯びており、その違法性は明らかである。

 

 

第4 特定秘密保護法自体の違憲性

1 特定秘密保護法の概要

特定秘密保護法は、

(1)①防衛、②外交、③特定有害活動の防止、④テロリズムの防止の4分野に関する情報のなかから、行政機関の長が「特定秘密」を指定するものとし、

(2)「特定秘密」の漏えい行為と取得行為等を処罰の対象とするとともに、

(3)「特定秘密」の取扱業務者に対する「適正評価」を実施すること

をその基本的な枠組みとするものである。

 

2 特定秘密保護法の違憲性

特定秘密保護法の性格と内容は、下記のとおり憲法の諸原則、民主政の諸原則、人権規定を根本から否定するものである。

 

(1)平和主義に反する

1978年の「日米防衛協力の指針」以降の「国家秘密法案」制定に向けた動向に顕著なように、戦後の日本の秘密法制の系譜は、日米の軍事同盟の強化に照応して展開してきたものである。

そして、特定秘密保護法もまた、国家安全保障会議(NSC)設置法、国家安全保障基本法案と不可分一体の軍事立法である。

すなわち、まず、国家安全保障基本法案は「集団的自衛権の行使」(つまるところは、米国との共同の軍事行動を地球上の至る所で行うということである)を明記するとともに、秘密保護法制の要求を明示するものである。

そして特定秘密保護法と同時に国会に提出され成立したNSC設置法によれば、国家安全保障会議は首相、外相、防衛省、官房長官の4大臣から構成され、この少数のメンバーに情報を集約しトップダウン方式で安全保障政策(つまりは「集団自衛権の行使」)を進めていくものである。そして特定秘密保護法の制定にあたっては、米国をモデルにした日本版のNSCを創設するために、強力な秘密保護法が必要だということが喧伝されたのである。

 

(2)国民主権原理に反する

ア 情報公開法の第1条にも記されているように、政府が保有する情報の公開は国民主権の不可欠の前提であり、市民の的確な理解と批判の下でなければ公正で民主的な行政は実現しえない。透明性は民主的なガバナンスの核心をなす要件の一つである。

そして公務に関する秘密保護が認められるのは、重大な被害が及ぶ危険が実証でき、かつ、その被害が、機密とされた情報の閲覧がもたらす全体的な公益よりも大きい場合だけであり、当局が秘密保護の必要性を確認できる例外的な場合でも、当局の決定を独立機関が審査することが不可欠である(2013年11月23日国連広報センタープレスリリース)。

イ しかしながら、特定秘密保護法は、抽象的な文言をもって、行政機関の長が広汎な情報を「特定秘密」と指定することを認めるものであり(「その他」という、恣意を許す文言が実に30回以上も登場する)、行政機関による恣意的な「指定」を行うことを意図するものである。

しかも、完全に独立した第三者機関や裁判所が秘密の指定を見直す方策は一切とられていない。まさしく「何が秘密かの要件が明らかでなく、政府が不都合な情報を秘密として特定できてしまう」(ピレイ国連人権高等弁務官)のである。

そして、行政機関によって指定された「特定秘密」については、漏えい行為と取得行為が重罰をもって処罰されるにとどまらず、これらの行為の共謀、独立教唆、扇動行為までもが処罰対象とされている。

ウ かつて、自衛隊による「三矢研究」の存在が明らかになった際、時の政府は市民の厳しい指弾に晒された。しかし特定秘密保護法の下では、そのような市民による国政の監視が著しく困難となろう。特定秘密保護法はメディアの取材・報道の自由を脅かすものであることは勿論、憲法上の権利として確立された知る権利を徹底的に制限し、市民による国政の監視を不可能にするものである。

福島第一原子力発電所の事故による放射能汚染の実情、公約違反のTPP参加交渉の内容、果ては政治家・官僚の不祥事に至るまで、政府にとって都合の悪い情報が「特定秘密」として隠蔽され、それらの真実を知ろうとする者には刑事罰が加えられるという本末転倒な事態が生じるというのは、決して空想次元の問題ではない。

 

(3)権力分立原則に反する

ア 立法府による行政府の民主的統制の実現は、現代国家における権力分立原則の重大な内容をなす。そしてこのことは前記国民主権原理からも裏付けられる。

イ しかしながら、特定秘密保護法の下では、「特定秘密」が国会に提供されるとしても、当該特定秘密を利用しまた知る者の範囲は制限されるので、「特定秘密」に接した国会議員はその内容を同僚の議員と相談することも政策秘書に検討させることも禁じられることとなりかねず、国会による行政監督の実効性が著しく阻害される。

しかも「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれ」があると行政機関の長が判断した場合には、その「特定秘密」は国会に対してそもそも提供されない。しかし「我が国の安全保障に著しい支障を及ぼすおそれれ」があることが「特定秘密」指定の要件であるのだから、結局「特定秘密」に指定されている限り国会はその情報の内容を検討することができないこととなる。

また、国会に設置される予定の「監視機関」は、「特定秘密」の運用基準の設置について首相に意見を述べるだけであり、「特定秘密」の指定の当否を事前にも事後にも審査することは一切できない。したがってこの「監視機関」は行政機関の恣意的な「特定秘密」指定に対する何らの歯止めとなるものではないのである。

ウ そうであるから、特定秘密保護法の下では、国会による「特定秘密」指定の監視はほぼ不可能となる。立法府による行政府の監督という現代国家における権力分立原則の意義が画餅に帰してしまうのである。

 

(4)さらに特定秘密保護法は、刑事手続上の重大な問題を含んでいる。

ア まずは、秘匿対象の不明確性である。

秘密の範囲が曖昧であって、恣意的な運用を許容するものであり、憲法の第21条1項、及び第31条から導かれる明確性の原則に反する。

また「テロリズム」の定義として「政治上その他の主義主張に基づき、国家若しくは他人にこれを強要」とされているが、「強要」とは何を指すのか何ら明確ではない。思想信条の自由、表現の自由を侵害するものである。

イ そして、処罰範囲の不明確性である。

「特定秘密」の内容が明確でない以上、処罰範囲が不明確である。さらに共謀、独立教唆、扇動までをも処罰することは、処罰の対象を限りなく拡大することとなり、罪刑法定主義に反する。

ウ さらに、特定秘密保護法違反の刑事裁判において、「特定秘密」の実質秘をどう立証するのか。いわゆる「外形立証」による場合には、被告人の裁判を受ける権利を奪うに等しい。

 

(5)「適正評価制度」の問題性

従来までの秘密保護法制の系譜と特定秘密保護法の相違点として特筆すべき事実は、「秘密」の対象に警察情報が含まれていることである。そもそも特定秘密保護法の法案検討過程を主導したのは警察官僚がトップを務める内閣情報調査室であった。

そして特定秘密保護法においては、「特定秘密」の取扱業務者に対する「適正評価制度」として広汎なプライバシー調査を行うこととされている。そしてこの調査を担当する機関として想定されているのは公安警察である。

すなわち、特定秘密保護法は、2013年5月に成立した「共通番号制度」という名の、国家による個人情報の収集管理システムと表裏一体のものとして、公安警察の肥大と一層の秘密警察化を招来するものである。それは戦前・戦中に猛威を振るった治安維持法と同様、効率的に市民の声をふさぐための悪質な治安立法に他ならない。治安維持法と異なる点があるとすれば、それは現在の公安警察の違法な情報収集能力は戦前とは比較するべくもない高度なものとなっているということである。この「適正評価制度」が市民のプライバシーを広範にかつ深く侵害することであろうことは多言を要すまい。

 

3 以上のとおり、特定秘密保護法は憲法の基本諸原理、及び民主政の原則に真っ向から反する「稀代の悪法」であり、違憲であるとの結論を免れない。

そして、特定秘密保護法の内容が憲法及び民主政の諸原則に反する問題だらけの代物であることは、国内外からの広汎な批判によって既に2013年11月の時点で明白であった。そうであるにもかかわらず、あえて国会は特定秘密保護法の制定を、しかも拙速極まりない審議(本意見書第3参照)によって強行したのである。

そうであるから、被告事件における「業務」たる参議院本会議の議事には一片の正当性すら見出すことはできない。同議事は要保護性を欠いた「業務」であったこと言わなければならないのである。

 

第5 本件は抵抗権の行使として適法である

 

1 これまで述べてきたとおり特定秘密保護法は、権力分立、平和主義、国民主権、立憲主義、基本的人権の尊重等という日本国憲法の基本原理に反するという重大な違憲性を有する法案である。

そうである以上、仮に被告人の本件行為が「威力」にあたり威力業務妨害罪の構成要件に該当するとしても、違憲な国家行為に対する正当な抵抗権の行使にあたり、違法性が阻却され適法である。

 

2 講学上の抵抗権の概略

抵抗権とは、「国家権力の不法な行使に対して、実力をもって抵抗する自然法上の権利」(橋本公亘「憲法原論」、247頁)、「抵抗権を究極において基礎ずけ(原文ママ)うるのは、実定法を超えた自然法領域において確信されている一定の価値原理なのである。しかして、人類普遍の人権(自然権)こそ、この原理に外ならない」(結城光太郎「憲法尊重擁護の義務と国民の抵抗権、ジュリスト別冊、1962年11月号、124頁」、「実定法が自然法に反しているならば、それに対する抵抗が許されねばならない。こうして、抵抗権は自然法違反に対する最終的なサンクションとなるのである。」(野中他「憲法Ⅱ」第3版、377頁)などと、講学上定義づけられ解釈されている。

 

3 基本的人権の背景としての自然権

日本国憲法は第3章において、数々の基本的人権を保障している。その中でも、「国家からの自由」とも称される自由権は、日本国憲法において初めて人に保障されるのではなく、人が国家を作る以前から、人であるが故に、生まれながらに持っている権利すなわち自然権とされる。

このことを確認するものとして、日本国憲法97条は、「この憲法が日本国民に保障する基本的人権は、人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果であつて、これらの権利は、過去幾多の試錬に堪へ、現在及び将来の国民に対し、侵すことのできない永久の権利として信託されたものである。」規定している。憲法に規定される基本的人権のうち特に自由権は、「人類の多年にわたる自由獲得の努力の成果」として実現した価値であり、地域や民族を超越した普遍的な法則すなわち自然法に由来するものであることを日本国憲法97条は確認しているのである。このことからも、憲法上の自由権は、自然権の実定化の意味に外ならず、その意味で、自然権は自然法に直接的に依拠する前国家的な権利ということができる。

 

4 憲法の機能

憲法とは、国家権力を制限して、個人の権利・自由を守るための法である。

憲法の名宛人、すなわち憲法に従うように義務づけられている者は、国家権力である。このことは、日本国憲法99条で、権力担当者のみに憲法擁護義務が定められていることからも明らかである。と同時に、同条は、国民に権力担当者が憲法に従っているかを監視する義務を課したことにもなるのである。

 

5 日本国憲法と抵抗権

日本国憲法は、抵抗権を明文で定めていはいない。しかしながら、これまでみたとおり、日本国憲法の基本原理の背景には自然法・自然権があり、国家権力に憲法擁護義務を課していることからすれば、抵抗権を確認乃至宣言する規定が有る無しにかかわらず、自然法に直接根拠をおく権利としての抵抗権は日本国憲法において存在するということができる。

 

6 裁判例における抵抗権の存在

実際、我が国の裁判例においても抵抗権の存在は肯定されている(札幌地裁判決昭和37年1月18日、東京高裁判決平成5年2月1日)。

東京高裁判決平成5年2月1日によれば、「自然法思想に基づく抵抗権の行使が実定法上の罪の違法性を阻却するとの見解に従うとしても、これが認められるのは、民主主義の基本秩序に対する重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとする場合で、しかも、その不法が誰の目からみても一義的に明白な場合であり、かつ、憲法、法律によって定められた一切の法的手段がもはや有効に目的を達する見込みがないなどの極限的な場合に限られる」と、要件を絞りつつも抵抗権の行使そのものについては肯定している。

 

7 本件は正当な抵抗権の行使である

正当な抵抗権の行使の方法については様々議論のあるところであり、別途検討が必要なものである。ここでは、その一例として、上記東京高裁判決の3要件(①民主主義の基本秩序に対する重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとする場合、②その不法が誰の目からみても一義的に明白な場合、③憲法、法律によって定められた一切の法的手段がもはや有効に目的を達する見込みがないなどの極限的な場合)にしたがってみても、本件は抵抗権の行使として適法ということができる。

すなわち、第3、第4で述べたとおり、特定秘密保護法は、権力分立、平和主義、国民主権、立憲主義、基本的人権の尊重等という日本国憲法の基本原理に反するという重大な違憲性を有する法律である。かかる法律が成立し施行されることは、憲法の基本原理を破壊するものであり、憲法の存在自体を否定するといえる。したがって、本件は、①民主主義の基本秩序に対する重大な侵害が行われ、憲法の存在自体が否認されようとする場合に該当する。

また、上述したとおり、特定秘密保護法の成立に際しては、多くの市民、法学者、マスコミ、芸術家、労働組合等の各種団体そして日本弁護士連合会が、同法が違憲・違法であるとして強く反対の声を上げ、法案審理の前後には、多くの個人や団体から反対声明が発せられ、集会やデモが全国各地で巻き起こった。そして、成立後の今日においても、その廃止を求める運動が強力に継続しており、法令の違憲を訴える訴訟は各地で複数提起されているし、多くの地方自治体ではその廃案を求める決議が上がっている。したがって、本件は、②その不法が誰の目からみても一義的に明白な場合に該当する。

さらに、特定秘密保護法は、立憲民主主義に反する数の論理だけに基づく多数決的民主主義により、強行採決の末に可決されてしまった。ここにおいて、自然法違反の実定法の成立をもって、自然権侵害、憲法価値の危機は現実化したといえる。数の論理で強行的に成立に至った以上、本件の実行行為時において、かかる自然法違反の国家権力の不法な行使に対して、実定法上の抵抗手段は残されていないと言わざるを得ない。そうであれば、本件は、③憲法、法律によって定められた一切の法的手段がもはや有効に目的を達する見込みがないなどの極限的な場合にも該当するといえる。

したがって、被告人の本件行為は、自然法にしたがった正当な抵抗権の行使として適法である。

 

8 本件起訴は公訴権濫用として違法無効である

以上から、被告人は無罪であり、このことは公訴提起時から明らかである。

本件被告人の行為が憲法価値を守るための自然法に直結した行為であることに鑑みれば、本件起訴は、憲法価値の保障に真っ向から反するものであり、ひいては日本国憲法99条の公務員の憲法擁護義務に違反するものである。

そうである以上、検察官の広汎な訴追裁量を前提としても、本件起訴は、憲法価値を否定した著しく正義に反する起訴であることは明白であり、公訴権濫用論を許容した最高裁決定昭和55年12月17日の示した要件である「公訴提起自体が職務犯罪を構成するような極限的な場合」に匹敵するものである。

したがって、本件起訴は訴追裁量権を著しく逸脱したもので、刑訴法248条に照らし無効である。

 

9 結語

以上から、被告人は無罪であり、本件公訴提起自体が違法(ひいては違憲)無効であるから、刑訴法338条4号により本件は速やかに公訴棄却されるべきである。

以 上

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